The long waiting

If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.

猫が死んで二週間がたった

猫が死んだ。気持ちも落ち着いてやっとこの文章が書ける。

 

仕事が終わってだらだら酒を飲んでいるときに、母からの電話で猫のこれまでにない衰弱を知った。次の日の仕事を休み、朝から少しでも早く帰るために一番早い新幹線に乗った。指定席に座ったが、時間を持て余して『ディア・ドクター』をkindleで観た。素敵な映画だった。主人公の痛みと、人と人とのすれ違いと、それでもどこかに残る真心を表現した作品だった。

 

最寄りの駅についてからタクシー乗り場まで本気で走って、捕まえたタクシーの運転手にはとにかく急いで下さいと伝えた。生まれて初めてチップも払った。目的地についてタクシーから実家までも本気で走った。そうして出会った眼の前の猫はなんとか生きていて、その様子を見たおれは極端な緊張が溶けて嗚咽を漏らして泣いた。本当に、涙が止まらなかった。

 

実家に帰って一緒にいる時間を過ごすことで、最後のお別れはできた。彼女が実家で死んだのはおれが東京に帰った次の日のことだった。

 

彼女はおれの生き方にとんでもないくらい影響を与えた生き物だ。おれは彼女のことを好きだったし、愛していた。当初は2日だった滞在期間を、彼女と一緒にいるために1日伸ばした。3日間、彼女にいろんなことを話しかけていた。これまでの感謝だったり、初めて出会ってから一緒にいて嬉しかったことなんかだ。

 

彼女の死の前後で6回泣いたが、死ぬ前に4回泣いた。実家から東京に帰る車中、映画で潰せなかった時間に『対象喪失 悲しむということ』を読んだが、ピンとこなかった。でも、本によれば死ぬ前に悲しめることは、立ち直りの早さに影響するらしい。

 

彼女がこの世からいなくなってもう二週間が立つ。カウンセリングの場でも色んな思いを話してきた。彼女がいない世界を生きるということ、もっと彼女の苦痛の少ない死のために努力すべきだったとか、彼女が人間関係の緩衝材になったことでクソみたいなメンバーでも家族という擬制が成り立ったとかそういうことだ。

 

でも、今、彼女がこの世界からいなくなって、彼女の眼前で嗚咽を漏らしてから火葬場で白い粉に姿を変えるまでの経験を振り返って、とても実感したことがある。

 

彼女との3日間の話だ。予定外の3日目、彼女とお別れをするとき、おれはどうしても言いたいけど面と向かって言えない感情があった。それはつまり、おれは彼女が好きっていうことだ。すごく好きで、どうしようもないくらい好きだ。いままでちゃんと言わなかったけど彼女に好きってことを言いたいなってたまらなく思った。

 

どうせ猫だし何言ってるかわかんねえ、言ってもすぐ死ぬってわかってたけど、彼女に好きだし愛してるって言わずにいられなかった。身体からはひどい死臭がしてた。でも、自分の鼻を擦り付けて好きだし愛してると声に出して伝えた。報われなくても愛を表現したかったんだ。それで本当に救われたと思う。

 

たぶん、今までおちゃらけた感じで好きだっていうことは言葉にしてきたけど、そこまで面と向かって本気で語ったことはなかった。

 

おれは、みゅんが好きだった。8月に会ってお別れをした気持ちだった。でも、今回自分の気持を直接表現できて、本当のお別れをできたと思う。彼女の死から今日まで本当はもっともっとカオスだったけど、おれは彼女との内面的なお別れを実現しつつある。

 

二週間立ってはっきり思う彼女との別れから実感したこと、学んだことはこんなことだ。

 

自分がたまらなく好きな人がいる。そして、好きって思えている瞬間はどうしようもないほど素敵な時間だ。どうしても会いたい人には、待つんじゃなくて自分から会いに行こうとしたい。好きだったり、大切にしたいのであれば、その人のことをどれだけ好きであるか、大切であるかを伝えようとしたい。ひょっとしたら、迷惑かもって思われるかも、うけとめられないかもって思っちゃうけど、すくなくとも表現して気持ちを伝えられたっていうことがすごく自分の人生にとって大切なんだ。

 

最後の3日間で、気持ちを整理できたことを本当に実感している。そして、彼女自身がそんな風に素直に自分の気持を表現して生きてきたことに思い至って心底感謝した(素直なおかげで飼い主としては死ぬほどうざい時もあった)。

 

この文章を読んだ方には、彼女のように、自分の本音に生きて、恥ずかしくても自分の誰かを大切に思う気持ちを大切にしてくれたらなって思う。

 

彼女の遺毛と、お別れまでつけていた首輪の鈴は、今おれの眼の前にある。彼女はもうこの世界にいない。

 

明日も明後日も、誰かを大切に思う自分の感情に素直に生きていきましょうよ。もちろん気持ちが届いても受け入れてもらえないこともある。でも、自分を大切にするって、相手に受け入れられなかったり報われないかもっておもってひっこめることもある自分の気持を大切にして、本気で表現していくってことじゃないですか。本当にそう思えた。

 

みゅん、ありがとう。さようなら。

 

対象喪失―悲しむということ (中公新書 (557))

対象喪失―悲しむということ (中公新書 (557))

 

 

猫が死ぬようだ

親から猫の死の徴候を伝えるメールがあった。

 

猫が固形のご飯を一週間も食べられていないらしい。近いうちに死ぬだろう。放っておけず、この週末に帰ることにした。前回の記事でも書いたように、猫は家族の結束点だった。もちろん、いてくれるだけで嬉しかった。でも、彼女がいる意味ってそれだけじゃないんだよ。いてくれるだけでも嬉しいんだよ。残念だけどもうサヨナラのようだ。

 

親に電話をかけて、猫の病状を聞いた。淡々と客観的な事実を伝える言葉に、思わず「死んでも悲しくないの?」と聞いていた。

 

その質問に「悲しくないわけないじゃない」という趣旨の一言とともに、猫についての客観的な事実の羅列という答えはもらえた。

 

でも、そういうことじゃないんだと、すごく久しぶりに親に聞こえる形で嗚咽を漏らしたと思う。だって猫が死ぬんだぜ。受話器を通して親に聞こえていたと思う。もう、悲しくて悲しくて仕方なかった。親っていうか母親に聞こえる感じで泣いたのは、父親が倒れて以来かな。

 

弟と妹は先代の猫が死んだ際に十分な弔いをしてきたようだ。でも、おれは先代が死んで時間が立ってからその死を知らされた。結局骨壷を見ても実感は沸かず、ああ、あいつはいないんだなと思った。

 

夏に先取りした喪失感は、先日表現してきたはずの愛しい猫が今まで一緒に生きてくれたという感謝だけでなく、これからの家族の中でのおれの振る舞いについての疑問も挟んできた。

 

先月、お別れはしてきたつもりなのに。

 

おいみゅん、お前がいなくなったら、家族はどうすればいいんだよ。うちの家族はお前みたいな結束点がないと家族としてやってけないんだよ。どうすればいいんだよ。なあみゅん、おしえてくれよ。ありがとう、みゅん、でもどうすればいいんだよ。みゅん、今までいてくれてありがとう。

ペットの死の受け入れ方について

実家に帰った。親との関係は例のごとく微妙だが、ああせい、こうせいみたいな関係の持ち方はほぼなかったと思う。あっても適当に受け流した。会話がしたいといいながら、一方的に話し続ける姿をきもいなあと思いながら聞いていた。とはいえ、今回はそういった割り切りができていたせいか、快適な滞在だった。もっといたいなとも思えた。

 

さて、そう振る舞えた根拠となる確信がある。おれと彼/彼女らは別人格なのである。だから、いちいち批判には真剣に対応しなくていい。とはいえ、そういった覚悟のできていない弟は、父親からのきもい批判を受け入れていて、なんだか気の毒であった。

 

一点だけささった、おれもくらった父の言い分はこんな感じである。60、70を過ぎると孤独だから子供をつくった方がいいよということだ。とはいえ、今、思い起こせばおまえそれを子どもに言うのはどうなんだよというキモさを感じたぐらいである。せめて孫の顔が見たいくらいの直接的な表現をしろよバカと思う次第です。

 

話題を変えよう。実家には猫がいる。

 

この猫は、家族のみんなが愛でてきたところで、いわば家族の結束点であった。はっきりいってすごくかわいい。ロシアンブルーです。人懐っこさも半端ではない。家に来た友だちの肩に登って、ひとしきり髪のにおいをかいだ後、喉を鳴らして、反対の肩から降りてしまうくらいひとなつっこい。膝の上に乗ったら、満足いくまでどこうとしない。

 

家族みんなの関心がばらばらでも、彼女(メスです)の存在は共通の話題をもたらし、関心を注ぐ対象であってくれた。彼女が、話題というかたちで家族をつなぎとめてくれたのだ。

 

そんな彼女は、現在17歳くらいになろうとし、今まさに、死に瀕している。呼吸のペースは早く、その度に彼女の腹を激しく膨れて萎む。一度の呼吸で得られる酸素量が少なくて、とても苦しそうだ。かつての毛並みの美しさも失われている。

 

今回の帰省を通して、僕は彼女のことを愛しているのだなと思った。終始ベットの上でぐったりして腹を懸命に動かしている彼女の、額やらあごの下を撫でてやった。のどを鳴らしてたので、喜んでくれたみたいだ。彼女からのご褒美みたいな好意の表現という返礼はこれくらいで、名前を読んだら返事するとか身を摺り寄せてくれることは、なしである。不快な場所を触ったら足でけられる。それでも、嬉しいところをなでればのどを鳴らす。のどを通して、ぼくらにとって大切な場所を教えてくれる。

 

おれの内心といえば、もうすぐ死ぬのであるから楽しい時間をちょっとだけでも増やせればなと思ってのマッサージであった。

 

さて、このマッサージが面倒くさいのである。どれだけやっても満足しない。それでも、心の底から何かをしてやりたいと思った。また、親から、彼女へご飯の給仕のために毎朝早朝に起こされて、死ぬほど面倒くさい時期があったという話も初めて聞いた。夜のうちにたくさんご飯を入れておくと湿気て気に入らないらしい。

 

なんて面倒くさい猫なんだ。とはいえ、それでも何かしてあげたいという感情がわいた。そして思った。今、喜んでくれたらそれだけでうれしいんだ。これってきっと愛だよね。すごく動物的で、単純化された愛だと思うけど、愛は愛だ。

 

ちなみに、うちの子はとても勘が鋭く、おれが一人暮らしを始めるときにお別れの挨拶をしたときは、玄関まで走ってきて東京に行こうとするおれの足に抱き着いて離さなかった。今回も、ずーっとぐったりしてたのに、「いつもありがとう。今まで生きてきてたのしかったかな?おれは君がいてくれて楽しかった。絶対また会おう。死なないでね。」と声を掛けたら、疲れた体を起こして見送りに来てくれた。やっぱり素敵だ。

 

そういうと、なんだかもう会えないみたいだけど、また会いたいなあという気持ちでいっぱいである。そして、猫アレルギーだからという理由で、長く逗留することはなかったけれど、おれは猫にあいたいという動機づけを失ってからも実家に帰るんだろうか。

 

なんとなく帰るような気がしている。両親と会う時間はとても大切なものなのだろう。例え、両親があまりにもまともでなくても。

 

最後にみゅんへ

 

どうしても会いたいし、なにか君のためにしてあげたい。おれは君が大好きなんだ。君に会えた時間がとても愛おしいし、もっと側で一緒に過ごしたい。君が苦痛を忘れるためだったら何だってしてあげたい。君のためにまた会いに行く。今日と昨日は本当にありがとう。また、絶対に会おう。

公務員採用試験を受けた

転職活動が終わった。自分の気持ちの整理をつけるためにここで少しまとめたいと思う。

 

ぼくは、ある時から人が居場所を感じられる場所をつくりたいという気持ちを大切にして生きてきたと思う。学生時代は、それを目的としたサークルを作り、社会人になってからもそういった業務に特に力を入れてきた。そして、仕事とは関係のない場所で、人がそこにいてもいい感覚、言い換えると帰属感を感じられるように支援できる仕事に関心を持つに至った。

 

そういった背景もあって、社会人ながら大学の心理学科で学ぶことになった。ただし、その気持ちも本当ではあるものの、大学入学の主たる要因は、今この場所からどこかに行きたい、という気持ちだった。というのも、転職先として目をつけていたところは、心理学科卒が必要条件だったのだ。改めて大学に入り直すくらい必死だった。

 

ぼくは職場が嫌いだった。いつもいつも証拠づくりの仕事を量産する制度とそこで働く同僚を憎んでいた。これまでそうだったからを、なぜ変化を避ける理由として真顔で語れるんだ?もっと実質的なことができればいいのに。そして、勉強しながら上述の自分の気持ちに気が付いた。つまり、最初はかなり消極的な要因から職場探しを始め、人の心の居場所づくり、という積極的なテーマに興味があると気が付いたのは、実はつい最近のことだった。

 

こういった気持ちに気が付けたのは、カウンセリング(精神分析心理療法)を受け続けたことの成果だと思う。そして、その過程で、実は居場所にこだわっているのは、自分が帰属感を抱けないことの裏返しでもあるのだという考えに至った。以下のブログを書いているときには気が付けなかった。

 

念のために書いておくと、このブログで書いたことは民間に勤める友人から又聞きで聞いたことであって、私とは何ら関係がない出来事である。転職しようという気持ちになる前に直面していたらちびって受けられなかったと思う。僕は福祉系の業務をしたことがない。だからこそ、受けてみたいと思えたのかもしれない。

 

upn.hatenablog.com

 

結論から言うと、特別区の心理職採用試験に落ちてしまった。筆記試験には受かったのであるが、3人に2人が合格する面接でダメだった。心当たりはある。高齢で、実務経験もなく、通信制大学の学部卒の社会人学生は面接で嫌われるのだろう。だって、若くて実務経験のある臨床心理士がいたら、そちらを採用したいだろう。

 

予備校の講師には、模擬面接で特に問題はないし、嫌われるとしたら実際のやり取り以外での客観的な要素によるということだった。ただし、この講師は心理職の模擬面接はあまり担当したことがなかった。問題がないというのは、事務系だったらということだ。それでも、安価でサービスを提供してくれて十分心の支えになった。本当にありがとう。真剣に対応してくれて感謝している。

 

今の気持ちを整理すると、勉強し始めて1年で筆記を通っただけでも十分だという感慨はある。でも、やっぱり落ちたのは残念だ。そして悲しいな、と思った。さらに、悲しさを感じた後に、悔しさが勝ってきた。

 

実は一次試験直後は、まあ受からんだろう、あきらめようという気持ちが強かった。結局、もやもやする時間が長く面接試験の対応はなかなか手に付かなかったが、自分は本当に受かりたいのだと思ったのは二次試験合格発表の直前だった。このように、自分の気持ちに気が付けなかった理由には心当たりがある。

 

本当に望んでいるものと直面した末に、それが手に入らないことが怖かったのだ。

 

そして、不合格の発表を受けてもう一つ気が付いたことがある。僕が本当に興味があることは、帰属感に並んだもう一つの要素、あるいは人の帰属感を支えるより根本的な出来事である、家族での体験に興味があったのだ。

 

ところで、僕が好きな監督は細田守是枝裕和だ。両者とも、常に欠落や過剰を抱える家族、つまりこうあるべきといった家族像から外れた"自明でない"家族を描いてきた。児童相談所を志望する旨、面接で伝えたが、僕はいろんな家族の物語と向き合い、自分がつらい思いをしたような家族をこれ以上見だしたくなかったのだと思う。そして、その気持ちが本当でも、同時にそういった行為を通じて、自分の抱える問題から目をそらしたかったのではないか。

 

残念だけど、気が付くのがあまりにも遅かった。これからどうしよう。これから、というのは来年もうけるのを前提に大学生を続けるのか、もうやめて時間をもっと楽しみあふれることに割くのかということである。

 

ただ、ひとつだけ、本当にありがたいことがある。

 

それは、明日からも、あれだけ嫌いだったのに、僕を待ってくれる職場があるということだ。本当にありがたい。そういうわけで、明日からも生きていきたいと思う。

2018年のある労働者の言葉として

ぼくは今、横山克の100分de名著のopを聞きながらこの文章を書いている。そして、ここ何週間、自分の仕事への向き合い方を考えている。

www.youtube.com

 

さて、今日、異動に伴う職場の歓送迎会があった。「異動に伴う」って行政っぽいよね、振り返ると、そもそもぼくは就職活動時には社会科学における言説が実践とつながっていないことにいら立ちを感じて、実践の場として今の職場を選んだのだった(とはいえ今は、そのとき意識できなかった自身の背景の気持ちが今ではわかる)。内定ありがとう。しかし、就いてみた仕事はとかく既存のルーティーンを回す業務が中心であった。

 

そして何年も働きながら、これまで様々な形で、文章を、演説としても言説を、自分の血肉として、未来へのアイデアを残してきた人たちの成果を生かせずにいる自分と、こんなはずではなかったとルーティーンに向き合えずにいる自分を感じてきた。僕は常に前者に共感する自分に不全感を覚え、一方で現実には後者としての自分をもって仕事に打ち込めずにいた。

 

つまるところ、プライドの高い使えぬ奴であったわけだ。ちなみに、覚悟もないのでぬるま湯につかりながら転職もできずにいた。

 

調子乗ってますが、心情としては鈴木庫三が当時の陸軍で感じた孤独感にたいそう共感した。本書においては、主人公の鈴木庫三が、戦後は戦時における悪名高い言論統制の先頭に立つ諸悪の根源とかたられていたが、実際の彼は根性論中心の陸軍における孤立したインテリであり、戦後に語られてきた当該人物像と実際に彼が歩んできた道の差を扱っている。

言論統制|新書|中央公論新社

 

ところで、今日こんな記事を読んだ。

toyokeizai.net

 

さて、話は飛ぶけど今日の歓送迎会に戻る。実は、歓送迎会の対象となる異動の直前に、たまたまアイデアを生かす仕事を請け負うことになった。上述の記事における「発散的」な仕事である。言わずもがな、ルーティーンは「収束的」な業務だ。今日は、その「発散的」な仕事ぶりをとても褒められたのである。おいおいまじかよ、というほど褒められた。

 

ぼくはすごくうれしかった。ほんとうに、マジでうれしかった。でもなんでそんなに褒められるかわからない。ていうかなんでお前らできねえの?だってあたりまえじゃね?という気持ちである。周囲からの称賛の一方で、自身の自己肯定感の低さから、その肯定をうまく受け止めることができずにいられなかったのだ。すごくうれしかったというのは、今、家に帰ってstrong zeroを飲みなからだからこそ言えることだ。

 

さて、そうして人事異動で別の部署に送られたわけであるけれども、今の部署での仕事は、上述のルーティーン中心の仕事である。前の部署以上にルーティーン中心だ。

 

なんというか、うまく言えないんだけど、とりあえずは今の仕事を頑張ってみようと思う。ルーティーン中心でも、ルーティーンを変えるという役割があるはずだ。あと、お前ルーティーンがんばれ。一応、仕事をやめようと思って、改めて大学にも入り、今年、専門職の試験を受けてみたわけだけれども、まだその最終的な結果はでていない。

 

今日の時点では結果はわからん。でも、とにかく今は、与えてもらった仕事を頑張ってみようと思う。

 

さて、strong zeroを飲みながら、久しぶりに『現代政治の思想と行動』を開いてみた。ありがとうstrong zero。福祉だから税を免除しろよ。

 

かつて、丸山眞男が社会科学すら戦争に使えない日本を嘆いていた。すいません、よっぱらっていたからか、同書上では見つけられなった。めっちゃ気持ちわかるよ。一方で、おれはなんとか頑張れば一日の少しをその実践に過ごせる立場にいる。そこには可能性がある。幸せな事実じゃないか。

 

www.miraisha.co.jp

 

さて、また話を戻す。冒頭に挙げたぼくが好きな100分de名著のopで、かつて少しだけ表示されていたドイツ語がある。

 

Von allem Geschriebenen liebe ich nur das,was einer mit seinem Brute shreibt.

あらゆる書かれたもののうち,私が愛するものは唯一,自身の血でもって書かれたものである。

 

今まで、きっとその時その時の社会をそのまま受け止められない程度に不適合で、とにかくその違和感と、違和感をもたらした原因を、言葉にしないと死んでしまう連中が紡いできた言葉を力及ばずながら受け継いでいこう。その気持ちを頑張ってアカデミアの世界で何とか言葉にしてきた連中の言説を受け止めながら、おまえらの気持ち無駄じゃないよ、と思いながら生きてみようと思う。

 

その生き方って何だろう?偉人を敬うんじゃない。どう読み返してもフーコーとかとか、かなり来てるだろう。にもかかわらず、それは同じ社会不適合者への共感とその気持ちを受け継ぎたいという前向きな意思だよ。

 

うまく言えないけど、かれらの遺産を引き継いでいきたいなと思った。そして、行政は意外とそういうことを生かせる立場にあるのだよ、と思った。

 

試験に受かったらその立場で何とか生かしていきたい。落ちたら落ちたで頑張る。いや、受かっていてほしいよ。まとまってねえけど今日はここで、おしまい。どうしても書きたかった。

毒親を〇したいけど、毒親の親もあれだし、それも踏まえて子は親のことをどうだと思うこともある

 父(「あいつ」)について語りたいと思う。長いので、章立てで分ける

 わかりやすく貧困と結びついた、金がないのに何かに費やすタイプのクズではない。金はあるけど自分が抱える不安を抱えて傷ついてきながら、まわりに不安を怒りで表現するタイプのあれだ。

 

1 「あいつ」のあれらしい話

2 親があれだと困るという話 

3 「あいつ」との関係を通じて〇すを学ぶ

4 で、おれは「あいつ」のことをどう思ってるの。

5 「あいつ」との関係どうする。

 

1 「あいつ」のあれらしい話

 

 まず、父の印象だ。父らしい性格を語るエピソードとして、昔のことで一番記憶に残っていること。ミニ四駆が流行っていた幼少期、モーターと何か別のパーツが欲しかった。両方は自分の持ち金の範囲では買えない。片方が限界だ。でも、俺は「両方ほしい。〇〇(モーター)の分のお金を出すけど、たりないから△△(タイヤ)のお金を出してもらえたらうれしいな」ということを言いたかった。でお語彙が足りなくて「おれが〇〇(モーター)だすから、△△(タイヤ)のお金をだしてほしい」と言った。

 

 まあ、ガキの要領を得ないお願いだよね。うまく言えなかった。小学校低学年だったと思う。父のその時のリアクションは「ふざけんな」と大声で怒鳴っておもちゃ売り場を離れるというものだった。

 

 あくまで象徴的なエピソードだ。この後、激情した父の「なめるな」という言葉とセットの暴力を挟んで何度も俺との間でこの関係は繰り返される。ちなみに、父は文学を好む繊細なガキだったが、体も弱くよくいじめられっ子にボッコボコにされていたらしい。

 

 さて、このミニ四駆の出来事で絶対に忘れられないことがある。俺は、母に言い方に気をつけろと叱られた。どうしようもない不全感を感じた。そしてこの後、父との同様の関係が何度繰り返されても決して母は俺を本気でかばおうとはしなかった。

 

 神経質な「あいつ」は、暴力と恫喝で家庭内の秩序の維持を維持し、思い通りにならないガキを威圧でしつけることしか知らなかった。まるでいじめられた出来事を再生するように。ちなみに「あいつ」の親父はアル中だった。「あいつ」のおかんは孫の借金しながらの大学進学を口頭で祝いながら、後述のように新興宗教に億単位で金をぶっこんだ。「あいつ」の弟はたぶん自己愛性パーソナリティ障害だと思う。

 

 「あいつ」との関係でもがいているころ、母は不幸せで緊張感に満ちた家庭から目をそらし、自分は家庭のために何かをやっていると言い聞かすことで心の安定を保ち続けた。まあ、母こと「こいつ」もそこに至るなにかをたくさんもってたのだ。

 

 端的に言う。父、というか「あいつ」は誰かの父になれるほど大人になれていなかったのだ。さらにこのキチガイの嫁こと母親は今だからわかる。「こいつ」も誰かの母になれるほど大人じゃなかった。あれじゃなかったら結婚しねーだろ。「こいつ」はあれだ、誰かに頼られることが好きで、頼られてない自分に気が付くと精神的に死ぬ人間だった。そのエピソードもたくさんある。ここでは語り切れません。

 

 2 親があれだと困るという話

 

 俺の条件とは異なって父、母がどんな人間だろうとも、一つ言えることは、虐待を受けた子供は、ある種の暴力的、衝動的な人間関係を身に着ける傾向にあるようだ。

――――――――――――――――――――――――――

https://www.amazon.co.jp/%E5%AD%90%E3%81%A9%E3%82%82%E8%99%90%E5%BE%85%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E7%AC%AC%E5%9B%9B%E3%81%AE%E7%99%BA%E9%81%94%E9%9A%9C%E5%AE%B3-%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%B1%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9-%E6%9D%89%E5%B1%B1-%E7%99%BB%E5%BF%97%E9%83%8E/dp/4054033652

虐待された子どもたちは心だけでなく、脳の発達にも障害が生じるという。そのために例えば自閉症児と極めて似た症状や問題行動に苦しむ子どももいる。著者は多くの重篤な被虐待児の治療にかかわる中、このような精神医学的知見に達した。これは子ども虐待と発達障害の関係を探るという今日的な緊急課題でもある。この分野の世界的な研究者で臨床医である杉山登志郎先生が臨床例や研究から分かりやすく紹介する。

――――――――――――――――――――――――――

 

 生物学的に父になるということと、社会的、情緒的に父になることは異なる。母においてもしかりだ。(参考:『そして父になる』)

 

 ちなみに「あいつ」のキチガイであることの傍証だが、別の子どももいる集まりで、集会所で寝ている「あいつ」を子どもが足でまたぐと本気で怒鳴る輩だった。子どもの親はひいていた。おれは、人をまたぐということがそこまで罪深いことだと知りおののいた。今はそう思ってもいない。

 

 そんなしょうもない「あいつ」は俺が中学生の時に脳梗塞で倒れた。ちょうど俺が柔道をしていて体格差が逆転する時期だ。たぶん、何もなかったら、俺は華奢な「あいつ」を暴力で殺していたと思う。絶対に殺していた。ダンプ松本が憎む父を殺すために茶碗に洗剤を縫っていた話をみてとても共感した。俺も同様のことをしていた。

 

 でも、そのころ丁度、「あいつ」は半身に障害が残る病気にかかり、おれが暴力をふるって殺していい対象でなくなってしまった。だって一方的な暴力の行使じゃないか。そんなことしたかない。でもまあ、元気に生きてたら殺してたと思う。絶対殺してた。日々、社会面をにぎわす猟奇的な事件のように。

 

3 「あいつ」との関係を通じて〇すを学ぶ

 

 例えばさ、お前を理不尽にいじめる奴がいるだろ、困ったらそいつは半殺しにすればいいんだ。金づちで骨を砕くとか。だって、半殺しにすれば、そいつはお前に近寄らないだろ。半殺しにしてそいつのツレもキレるじゃん。じゃあどうする?ツレも半殺しにすればいいんだよ。近寄ってきたら怖いって教えればいい。

 

 今のおれは極めて常識的な仕事をしている。良識の代表みたいな仕事だ。首にならないしごとです。生きていく上では社会経済的に最大限の安心だ。でも、おれはこの究極に追い詰められたら半殺しにしちまえっていう思考をどこかで持ち続けているし、捨てられない。生きていく上での十分な安心をいまだ持てていないんだよ。

 

 さらに言う。やたら威圧的ではなれられない存在のやつは逃げられない。家に一緒に暮らしてるようなやつ。「あいつ」な。存在を消さなきゃやってけないとする。半殺しにしても戻ってくる。どうする?殺すしかないんだ、殺せば安心できる。

 

 自分の内心を守るために人を殺すことはできるんだ。その感覚は皮膚感覚でわかる。

 

 おれは父との関係で殺す←→殺されるという立場がありうるということ、そのやるやれる立場はいつでも変わりうるということを、この世界の片隅で、暴力を振るわれ、威圧と恐怖のコミットを感じる中で実地で学んでいた。対人関係を支配ー被支配で理解する視点を内面化していた。

 

 そして、この関係のもうひとつわかりやすい特徴について話す。人が生き延びるためには「あいつ」「こいつ」みたいなやつとの関係の中で、自分への自信を育てられず、かつ、その結果を補うように自分の自信のなさを埋めるように誰かをぼろくそいうことで心の安寧を得るという方略があるということだ。いじめられるんじゃなくていじめればいい、

 

 率直に言う。俺はある人を精神的に追い詰めて殺す要因の一部を担ったことがある。これは推論だ。裏付けるエビデンスはない。でも、たぶん、そうだと思っている。

 

4 で、おれは「あいつ」のことをどう思ってるの。

 

 ところで、今だから僕は「あいつ」が倒れた時の率直な感情をこう振り返る。

 

 親、兄弟が見えないとこで死ぬほど泣いた。おれは「あいつ」が好きだったのだ。今、やっと認められた。

 

 なんというか、人格が好きなのと、振る舞いや言動が好きなのは違うようだ。友達だったら、話が合うからそいつが好きというのはある。ただ、親密な人間はどうやら違うらしい。

 

「あいつ」が好き、でも「あいつ」と一緒にいるのはつらい、みたいな感覚だ。

 

 振る舞いや言動は嫌いだが人格は「好き」になりたいという感情は成り立つらしい。だからこその毒親ものの葛藤なんだろう。

 

 葛藤がなければ、素直に〇しちまえばいいんだ。

 

 今度「あいつ」に正直に言ってみようと思う。

 

 「おれはお前の振る舞いがクズだったと思うし、お前なんか死んじまえばいいと思う。お前は親になれる人間じゃなかったし、きっとお前の親もくずだったんだろう(ちなみに「あいつ」の親は信仰に億単位で金を費やした。おれは借金して大学に行った。)。もう少しでおれはお前を〇してた。」

 

 「おれとお前の違うとこは、次の世代に親らしさを引きつがないために、カウンセリングをうけてることだ。おれはおれのクソなところを受け止めて何とかしようとしてる」

 

 「おれは絶対にお前みたいにならない。きっと、子どもができて、お前が孫に会いたいと思っても俺は絶対にお前に合わせない。なぜなら、お前らは俺と同じように親から毒を引き継ぎ、にもかかわらず実際に毒を引き継いでいることを心情的に受け止められないからだ。」

 

 「"今のところ"おれはお前の介護をする気はない。お前なんかクソにまみれて死ねばいいと思っている」

 

 「でも、おれはお前が好きなんだ。お前が幸せでいてくれればなって本当に思う。ただ、おれはおれが不幸せになってまでお前が幸せになれるといいなとは思わない。俺とお前は違う人間だ。」

 

 「でも、そう思える心情が、人が人を思うこととか、もっともっと普遍的にだれかがだれかを救いたいとおもえる原型というか、そんな感情があることが、俺を含めただれにとってもの人生の救いな気がする。」

 

5 「あいつ」との関係どうする。

 

 ハッピーエンドは俺も「あいつ」と「こいつ」が幸せになることだけど、少なくとも俺の思うとおりに考え方が変わることはない。

 あいつらはおれのお供とか道具とか部下じゃない、どうなるかはぜんぜんわからんけど、おれはできるだけ後悔して死にたくない。 

 

 

昔の映画を地続きで感じたい

 歴史の映画が好きだ。特に好きになったのはここ数年だと思う。好きになったのは二つの映画の方向性の分類ができたからだ。

 

 ひとつ目は昔の作品で音声も映像もよくないけど、どうしても見たくなってしまう作品に触れる機会があったこと。いわゆる古典だと思う。これは黒澤明『生きる』だ。あまりにもわかりやすい役人像、、、と思うけど、最後に若手の役所職員が見る風景をつい思い出しててしまう。

 

 もう一つは、第二次世界大戦を否定するのが念頭にある戦争映画ではなくて、「なにか描きたいテーマがあって、そのテーマを描くために適切な時代設定が第二次世界大戦だった」くらいの温度の映画だ。

 

 良作に共通してることとして、昔の人の死を自分の死のごとくに信じられる。戦争映画は反戦かどうかは必ずしも、問題ではない。例えば、『出口のない海』は書き手は現代の小説家で演じるのは歌舞伎役者だ。

 

 とりわけ、時代の大きな流れから人間が生きることを諦めて現代的に登場人物が残す言葉に、創作の力を本当に感じる。良質な創作はみずみずしく過去を作り上げて今の僕たちに"追体験"する機会を与えてくれる。『この世界の片隅に』で主人公が居場所を捜して、誰かの居場所になることを選ぶシーンにも。

 

 ひょっとしたら違う歴史があったのかもしれないと思う。自分の事柄として感じられる仮定法の過去、現在、未来というところか。

 

「そんな未来もあったかもね」

 

 もちろん捜索で他人事だ。でも、ひょっとしたらこうだったかもと、読者を当事者として物語の舞台にコミットさせて想像を膨らませてくれる作品がたまらなく好きだ。